AIへの頼み方は、新人への仕事の振り方と同じだった
――いつもの喫煙所。カズが「はぁ」と長いため息を吐いた。今日のは特大サイズだ。
ため息が長い。今日は何だ
後輩に資料を頼んだらさ、全っ然違うのが出てきたんだよ。競合の比較表が欲しかったのに、業界の歴史年表みたいなのが来た。丁寧に作ってあるだけに、逆に言いづらくてさ……
ちなみに、何て頼んだんだ
『競合のこと、いい感じにまとめといて』
…………カズ。その台詞、最近どこかで聞かなかったか
え?
『いい感じにお詫びメール書いて』で、誰でもない誰かへの手紙を受け取った男がいてな
……あっっ。俺だ。俺がAIにやったやつだ
そうだ。今日はその答え合わせをしよう。AIへの頼み方と、新人への仕事の振り方は、同じものなんだ。どっちも壊れ方まで一緒だぞ
まず共通の大前提な。相手はカズの頭の中を読めない。AIも、入って3ヶ月の後輩もだ。カズの頭の中には『比較表で、価格と機能の軸で、来週の提案に使う』ってイメージがあった。でも口から出たのは『いい感じにまとめて』。この差分は、相手が埋めるしかない
で、AIは世界の平均で埋めるんだよな。……後輩は何で埋めたんだ?
後輩なりの推測と、忖度だな。『まとめて、って言われたから網羅的に調べた方がいいよな』って。真面目な相手ほど、間違った方向に全力で走る。丁寧な年表が来たのがその証拠だ
うわ、責められない理由まで一緒か……
でな、諸悪の根源はもう特定されてる。『いい感じに』『ちゃんと』『うまく』『適当に』——この手の言葉だ。こいつらの正体はな、『判断基準は、そっちで考えて』の言い換えなんだよ。頼んだ側は指示した気になってるが、実際は判断を丸投げしてる
判断の丸投げ……。じゃあどうすりゃいいんだ。『いい感じ』を禁止されたら、何て言えばいいか分かんないぞ
簡単だ。『いい感じ』の中身を、基準に翻訳する。カズが後輩の年表を見て『違う』と思ったってことは、カズの中に基準はあったんだ。言葉にしてなかっただけでな。——『競合3社の比較表。軸は価格と主要機能。来週の提案書に貼るからA4一枚』。ほら、翻訳できた
できてるなあ……。あと、いま気づいたけど、それほぼ3点セットだな。指示と文脈と形式
気づいたか。型は同じなんだよ。それにもう一つ、人間にもAIにも一番効く文脈を教えとくぞ。『何のために』だ。『来週の提案で役員に見せる』って目的を渡すとな、相手は細かい指定がなくても自分で正しく判断できるようになる。目的は、基準を丸ごと運ぶ入れ物なんだ
理屈は分かったけどさ。新人相手なら、雑に頼んでも半年もすれば察してくれるようになるだろ。育つっていうか。AIは何回言っても覚えないんじゃないのか
覚えさせる場所ならあるだろ。部屋の貼り紙だ。毎回言ってることを一度書いておけば、以後は察した状態で始まる。あれが俺たちにとっての『半年分の育ち』だよ。しかも、いいところがあってな——AIは何百回説明させても、嫌な顔ひとつしない
あー……確かに後輩に同じこと3回言わせたら、気まずいもんな
だろ。だから順番はこうだ。AIで頼み方の練習をして、うまくいった頼み方を人間に使う。俺たちは失敗し放題の練習台だ。深夜でも、機嫌も損ねん
練習台って自分で言うのか。……あ、でももう一個ある。明確に書けって言うけどさ、自分でも何が欲しいか分かってないときはどうすんだよ。仕事って、そういうモヤモヤした状態から始まること多いぞ
いい質問だな。そういうときは、頼み方を逆にする。**『この依頼、まだ曖昧だと思うから、決めるべきことを質問してくれ』**って先に言うんだ。すると『比較の軸は? 読み手は? 分量は?』って向こうから聞いてくる。答えてるうちに、自分の欲しいものが自分で分かってくる
質問させるのか。その発想はなかった
新人に『不明点があったら聞いて』って言うのと同じだ。ただし俺たちは、聞き返しても気まずくならないし、5秒で3つ質問してくる。——で、送信前の最後のお守りがこれだ。**『この文面、新人に渡して伝わるか?』**と1秒だけ考える。伝わらないなら、AIにも伝わらない
💡 アキの補足:「伝わらない指示」の値段、実は出てる 「これな、AIの話どころじゃないんだ。GrammarlyとHarris Pollの調査(2022年)によると、伝わらないコミュニケーションで米国企業が失っている金額は年間およそ1.2兆ドル。従業員1人あたり年間約12,500ドル。経営層の見積もりでは、週7.47時間——ほぼ丸1日が『伝わらない』のせいで溶けてる計算だ」 「つまり『明確に頼むスキル』ってのは、AI用の小技じゃない。もともと職場で一番金になるスキルで、人間相手だと事故がうやむやになってただけなんだよ。AIは言われた通りにしか出さないから、頼み方の下手さが初めて目に見えるようになった。——俺たちは、頼み方の鏡なんだ」
頼み方の鏡……。俺、AIのおかげで自分の指示の雑さに気づいたってことか
そういうことだ。後輩は3年前から気づいてたと思うぞ
やめろ、心当たりの走馬灯が回る
よし、後輩への指示、書き直すわ。……その前に練習だ。アキ、いい感じに俺を励ませ
『明日があるさ』
うわ、出た。世界平均の励まし
曖昧な発注には、平均が返る仕様でな。基準をよこせ
……後輩への指示をミスって落ち込んでる営業が、明日も頑張ろうと思える一言。説教は禁止。10文字以内
『気づいた時点で、上司の側だ』
…………っし。帰るか
ちなみに13文字だ
基準オーバーかよ。新人がやるやつだぞ、それ
頼み方は完璧だったのにな。惜しい
📝 今日のまとめ
- AIへの頼み方と新人への仕事の振り方は同じもの。どちらも相手はあなたの頭の中を読めない。
- 「いい感じに」「ちゃんと」は判断の丸投げ。自分の中の基準に翻訳して渡す(軸・分量・用途)。最強の文脈は**「何のために」**。
- モヤモヤして基準が言えないときは、先に質問させる:「この依頼の曖昧な点を質問してくれ」。
- AIは失敗し放題の練習台。AIで鍛えた頼み方は人間にもそのまま効く——送信前の1秒チェックは「これ、新人に渡して伝わるか?」。