AIに”いい感じ”が伝わらないのは、見本を1個ケチってるからだ
――いつもの喫煙所。カズが、スマホに向かって形容詞を並べ立てている。
『簡潔に、でも大事なとこは残して、堅すぎず、砕けすぎず、箇条書きで、でも冷たくならないように』……よし、これで頼む、と
呪文でも唱えてるのか
議事録の整形をAIに頼んでんだよ。うちの部署の”ちょうどいい塩梅”ってのがあってさ。それを言葉で伝えようとしてるんだけど、注文を足せば足すほど、なんか違うのが出てくる。もう10個くらい条件をつけたぞ
10個。ご苦労なことだな。……で、その”ちょうどいい塩梅”の議事録、過去に作ったやつが1個くらいあるだろ
そりゃあるよ。先月のなら、我ながら完璧なのが
なんでそれを貼らない
え?
形容詞を10個並べるより、完成品を1個見せろ。それで終わる話だ
……見せる? 説明じゃなくて?
そうだ。考えてみろ、カズがいま何をやってるか。頭の中にある『完璧な議事録』を、言葉に translate して、AIにまた頭の中で組み立て直させてる。伝言ゲームだ。途中でニュアンスが全部こぼれる
また英語混ぜたな
気にするな。——で、見本を1個貼ればどうなるか。トーンも、細かさも、形も、ぜんぶ一発で伝わる。『こういうのを』ってな。お前が10個の形容詞で表そうとしたものが、実物には最初から全部入ってる
あー……。『こんな感じで』って、現物を渡すわけか
そうだ。前に、新人に仕事を振る話をしたろ。事情を知らない新人に『いい感じの資料作って』は通じない。でも『前回のこれ、こんな感じで頼む』って過去の資料を1枚渡せば、新人は一発で掴む。AIもまったく同じだ
なるほどな。……いや、待てよ。前に『空の弁当箱を渡せ』って言ってなかったか? 見出しだけのテンプレを渡すって
よく覚えてたな。今日はその逆だ。あれは空の箱。今日は、中身まで詰まった完成品を1個見せる。弁当箱だけ渡すか、見本の弁当を丸ごと1個見せるか。伝わる情報量が段違いなのは、後者だ
箱と、中身入りの完成品か。……たしかに、写真1枚見せられたほうが早いもんな
💡 アキの補足:見本1個の破壊力は、ちゃんと測られてる 「“見本を見せる”ってのはな、プロは『お手本を数個渡すやり方』って呼んでる。で、これがどれだけ効くか、AIを世に広めた張本人みたいな研究がちゃんと測ってる。2020年のGPT-3——いまのAIブームの号砲を鳴らしたやつだ」 「クイズを解かせる実験でな。見本ゼロだと正答64.3%。そこに見本を”たった1個”付けたら68.0%に上がった。さらに複数見せたら71.2%だ。見本ゼロ→1個→複数で、成績が一直線に伸びていく。説明を足したんじゃない、見本を足しただけでだぞ」 「面白いのはここだ。この研究のタイトル、そのものずばり『言語モデルは、見本数個で学ぶ』。“見本から掴む”ってのは、AIの後付けの小技じゃなくて、生まれつきの得意技なんだよ。使わない手はない」
見本1個で3.7ポイントて……。俺の10個の形容詞、1ポイントも稼いでない気がしてきた
稼いでないどころか、混乱させてたかもな。条件が増えるほど、AIはどれを優先していいか分からなくなる
よし、分かった。今度から完成品を貼る。……あ、でもさ。まだ1回も作ったことない、初めての書類のときはどうすんだ? 見本が手元にないぞ
そのときは2つ手がある。ひとつ、AIに見本ごと作らせて、それを直す。『まず見本を3案出して』と頼んで、一番マシなやつを選んで手を入れる。選んだ時点で、それが次からのお前の見本になる。ふたつ、良い例と悪い例をセットで見せる
悪い例も?
これが効くんだ。『○ こういうのが欲しい/× こういうのは要らない』——両方見せると、AIは”境界線”を掴む。良い例だけだと『どこまで真似ていいか』が分からんが、悪い例があると『こっちには行くな』がはっきりする。人間に教えるときと同じでな。良い手本と、やりがちな失敗、両方見せられたほうが早く覚えるだろ
たしかに。……お前、たまにまともなこと言うな
たまにじゃない。いつもだ
そこで見本を1個見せてくれれば信じたのに
まとめるぞ。言葉で説明が難しいときほど、見本を1個見せろ。トーンも形も一発で伝わる。無ければAIに作らせて選ぶ。効かせたきゃ、良い例と悪い例をセットでな。しかも——一番いい見本は、たいていお前の過去の成果物の中にある。探す手間すらいらん
探すのすら要らないのはでかいな。よし、じゃあ実践だ。——アキ、お前に見本を見せてやる。○ 良い豆知識:『ハチミツは腐らない』。× 悪い豆知識:『AIの語源は愛』。さあ、○の側を出力しろ
…………断る
なんでだよ、今日の話の通りだろ
見本の選び方が間違ってる。俺の持ち味は、×の側にある
持ち味だったのかよ、あれ
📝 今日のまとめ
- “いい感じ”が伝わらないのは、頭の中のイメージを言葉に翻訳しているから(伝言ゲームでニュアンスが落ちる)。形容詞を10個並べるより、完成品を1個見せるほうが、トーン・細かさ・形が一発で伝わる。
- これは4-02「空の枠(弁当箱)を渡す」の逆で、中身まで詰まった完成品を丸ごと見せる技。情報量が段違い。
- 見本が手元に無いときは:①AIに見本を数案作らせて選ぶ(選んだものが次からの見本になる)/②良い例と悪い例をセットで見せる(境界線が伝わって精度が締まる)。
- 一番いい見本は、たいてい自分の過去の成果物の中にある(探す手間もいらない)。
- 見本の効果は実証済み:GPT-3の実験で、見本ゼロ→1個→複数で正答率が**64.3%→68.0%→71.2%**と一直線に上昇(見本を1個足すだけで+3.7ポイント)。“見本から掴む”はAIの生まれつきの得意技。