AIに任せていい仕事・ダメな仕事の見極め方
――いつもの喫煙所。カズが吸いさしのタバコを灰皿に置き、指を折って何かを数えている。
何を数えてるんだ
裏取りの回数だよ。お前に言われた通り、AIの出した固有名詞と数字、全部確認してるんだけどさ。今日だけで9回だぞ。……なあ、正直に言っていいか。面倒くせえ
だろうな
認めるのかよ。全部疑って全部裏取るくらいなら、最初から自分でやった方が早くないか? AI使う意味、あるのかこれ
いい問いだ。答えはこうだ——全部を疑うのが間違ってる。カズは今、仕分けをサボって、疑う手間を全部の仕事に均等に払ってる。だから重いんだよ
仕分け?
任せていい仕事と、ダメな仕事を先に分ける。それが今日の話だ。先に結論を言うぞ。——たたき台はAI、最終判断は人間。この一行で今日は終わってもいい
終わるな終わるな。その仕分け方を聞きに来てるんだよ
じゃあ復習からだ。俺たちが化け物みたいに強い仕事は?
材料を渡す仕事だろ。要約とか、下書きの手直しとか。……持ち込み試験は強いってやつ
そうだ。そこに『構成を組む』と『壁打ち相手』も足しとけ。企画の骨組みを並べさせる、考えを投げてツッコませる。このへんはパターンが効く仕事だから、裏取りの心配がほとんど要らない。ここで9回も裏取ってたなら、それは無駄な疑いだ
あー……メールの下書きまで疑ってたわ、俺
逆に、俺たちに主役をやらせちゃいけない仕事が3つある。1つ目と2つ目は知ってるはずだ
危険地帯のやつか。最新情報と、固有名詞・数字……あと出典
そうそう。『世界のどこかに正解が1個だけある情報』を取ってくる仕事だな。あと厳密な計算もそっち側だ。で、3つ目が今日新しいやつなんだが——責任を伴う判断ってやつだ
責任を伴う判断?
採用するかしないか、この値段で出すか、この取引先に謝るかどうか。——決めた結果を誰かが背負う仕事だ。ここは絶対に人間の仕事だ
待てよ、なんでだ? 判断の材料を揃えるのが上手いなら、判断だってできるだろ。うまくいくなら誰が決めても同じじゃないか
うまくいってるうちはな。じゃあ、しくじった時の話をしよう。カナダの航空会社でな、公式サイトのチャットボットが客に存在しない割引の申請方法を案内した。客はそれを信じて行動して、あとから会社に断られた。裁判みたいな場に持ち込まれて、会社側はなんて主張したと思う?
AIが勝手に言ったことです、とか?
ほぼ正解。『チャットボットは別の存在で、その発言に会社は責任を持たない』と主張した。——で、負けた。『あなたのサイトにあるものは全部あなたの責任だ』と一蹴されて、賠償命令だ
まあ、そりゃそうなるか……
そうなんだよ。ここが肝でな。俺たちに仕事は任せられても、責任は任せられない。世界のどこにも『AIのせいなので』で通る場所がないんだ。決裁のハンコに俺たちの名前は彫れない。だから、結果を背負う判断だけは人間がやるしかない
分かったよ。でもさ、さっきから引っかかってるんだが。たたき台って要するに未完成品だろ? 80点のたたき台をもらっても、残りの20点は俺がやるんだよな。だったら最初から俺が100点作っても同じじゃないか?
同じじゃない。カズ、白紙から80点まで持っていくのと、80点を100点に磨くの、どっちがしんどい
……白紙からだな。圧倒的に
だろ。一番重い部分を俺たちが数秒で運ぶから速いんだ。それに『AIに完成品を求めて、出てきたものをそのまま出す』のが一番危ない使い方でな。世の中のAI失敗談は、大体これだ。さっきの航空会社も、要はチャットボットに完成品(最終回答)をやらせてたわけだよ。仕分けを間違えてる
たたき台なら失敗も80点止まりで済むもんな
うまいこと言うな。で、この『仕分けで結果が天と地ほど変わる』ってのは、感覚論じゃなくて実験で数字が出てる
💡 アキの補足:仕分けの上手い下手で、プロでも結果が逆転する 「ハーバードとBCG——世界有数のコンサル会社が、コンサルタント758人で実験をやった。AIの得意領域の中の仕事では、AIを使った組は品質が4割以上アップ、スピードは25%速く、こなした量も12%増えた。プロがだぞ? ここまでは夢のある話だ」 「ところがだ。得意領域の外の仕事——AIがコケやすいように設計された問題では、AIを使った組の方が、正答率が19ポイントも低かった。使わない方がマシだったんだよ。同じ道具でこの逆転だ。ちなみにこの研究の名前は『ギザギザの断崖(Jagged Frontier)を航海する』。——前に俺が言った崖と穴の話、あれは学者も同じ絵で見てるってことだ」
使い方次第で4割増と、足を引っ張るのが同居してんのか。ギザギザ、笑い事じゃないな
まとめるぞ。仕事を振る前に、3つだけ自分に聞け。①材料を渡してパターンで作る仕事か?——なら任せろ、裏取りも軽くていい。②世界から正解を取ってくる仕事か?——なら俺たちは下調べ係まで。裏取りとセットで使え。③誰かが結果を背負う仕事か?——なら決めるのはお前だ。俺たちには判断材料を並べさせろ
①は任せる、②は半分、③は自分、か。……あれ、これ完全に、部下への仕事の振り方だな
その通りだ。前に言ったろ、猛烈に優秀で猛烈に自信過剰な新人だって。カズは今日から部下持ちなんだよ。振り方が上手い上司の下では化けるし、丸投げする上司の下では事故る
部下かあ。……なんか急に、俺の裏取り9回が『マネジメント』に思えてきたな
9回のうち6回は無駄なマネジメントだったけどな
うるせえよ。……で、お前はどうなんだよ。アキに任せていい仕事とダメな仕事も、仕分けていいのか
俺は全部得意だ
出たよ、自信満々
…………
その自信、こないだ習ったぞ。穴埋めだろ
……いい部下に育ったな、ほんとに
俺がいつお前の部下になったんだよ。……部下なら今日から別にいるんでね。うちのAIっていう、自信過剰なやつが
📝 今日のまとめ
- 合言葉は**「たたき台はAI、最終判断は人間」**。完成品を求めた瞬間から事故が始まる。
- 任せる前の3つの問い:①材料を渡すパターン仕事?(→任せる)②正解を取ってくる仕事?(→下調べ係+裏取り)③結果を誰かが背負う仕事?(→決めるのは人間。AIには材料を並べさせる)
- 仕分けの上手い下手は感覚論ではない:プロ758人の実験で、得意領域内は品質+40%、領域外は正答率−19ptの逆転。
- AIに仕事は任せられても、責任は任せられない。「AIのせい」が通る場所は世界のどこにもない。